P.primuliflora Atlantaについて

稲穂 徳人

「何ですかそれは? アトランタ五輪の記念に発表された新品種ですか?」田辺氏や越川氏がオーストラリアから帰国した直後の浜田山集会。田辺氏の展示品の中に見つけた聞きなれない名前の植物。なんでもオーストラリアのお土産に買ってこられたとかで、普通の見慣れたP.primulifloraよりも肉厚で、葉が三角形に近い。また、葉の縁の屈曲が大きく、いわなければ違う品種だとおもってしまう。ファーストコンタクトの印象は「地味だけどなんとなくピンギキュリストの好奇心を擽る」植物だといった感じだ。
今年の4月、田辺氏より新系統の個体(在来種のウイルスフリーの個体)と共に入手し、早速我が家でも栽培を開始した。先述のタイプよりも緑色が濃く、がっちりとした感じの個体。しかしいたって地味な存在には変わらない。しかし、私のその思いをこの植物は見事に裏切ってくれた。
たしか、やはり田辺氏の栽培品だったと思う。初めてその花を見たとき私はてっきりP.ionanthaだと思っていた。うっすらとライラック色の花で、日本人好みの清楚な花が上がっていた。 「これ例のやつですよ」 笑う田辺氏。私がこの植物に興味を持ちはじめている事を彼は既に知っている。知っているどころか以前遊びに行ったときに、既に彼は私に「アメリカンピンギも面白いですよ」ウイルスを私に感染させていたのである!田辺氏から感染するとほぼ間違いなく爆発的にそのウイルスは蔓延してしまう。ほとんどマールブルグかエボラ・ザイールかという勢いだ。既に重症のメキシカンピンギキュラ偏愛症候群に冒されて免疫力の低下した私は、瞬く間にこの藤色の花の虜になってしまった。 そして6月、うちの個体もついに開花した。ちょうど新系統も開花し、ならべてみると確かに花の色が違う。クレヨンで書いたような可愛いピンク色の花の新系統に対し、淡い水彩絵の具か色鉛筆でさっと描いたようなライラック・ブルーの花。梅雨の晴れ間の青空が眩しい季節に相応しい、鮮やかなライムグリーンの植物体と合俟って、非常に新鮮な印象を与える。メキシカンピンギキュラを妖艶な美女に例えるなら,P.primulifloraはさながら夏がとても良く似合う美少女、といったところか、 栽培は至って簡単。外においてSarraceniaといっしょに腰水しているだけ。陽には当てた方がいいのか、と思ったら案外短い照射時間でもご機嫌である。水苔単用、少し生水苔を入れて常に青青となっている状態にしておくとベストみたいだ。
実はこの品種は種子が出来ないらしい。また、独特の葉脈上の不定芽も出ず、株分かれする気配もない。既存の品種から出た変種ではなく、どうも交配種らしいと言ううわさは既にみなさんご存知の事だろう。 primukiflora×ionantha、或いはprimuliflora×caeruleaという交配式が考えられるが、果たしてこれらの交配は可能なのだろうか? アメリカンピンギキュラ同士の交配例は全く聞いたことがないし、可能なのかさえ私には分からない。また新品種(独立種として)だったとしても稔実性を喪っているというのが気になる。 それならば不定芽や株分かれしてもよさそうなものなのに。また葉挿しで殖やすことも可能なはずだ。しかし、これらは田辺氏の話ではまだ、成功例がないそうだ。まだ日本に入ってきて間もないこともあって、様々な栽培ケースを検討して正体を突き止めて行く必要があるだろう。しかし、仕事前にこの花を見てから出勤する私はなんとなく「いいじゃないの、そんな細かいことは」と、この可愛らしいいたいけな花がわらながら言っているように見える。穏やかな日常の1コマ。仕事と植物栽培に明け暮れる私を、ほんの一瞬だけ無邪気な子どものように優しい気持ちにさせてくれる。

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