ヒョウタンウツボカズラ=N.×Hybridaの否定

岡安智之

1800年代、英国ベイチ蒲会による食虫植物園芸栽培商品化はめざましく、莫大な資金により、東南アジアやマダガスカル島、南アメリカに栽培家を派遣し、多数の植物の導入を行つた。当時は、温室園芸も軌道に乗つていて、キュー王立植物園を中心に、政府の保護と関心とともにますます盛んになつていたという。
野生種に飽きたらず、ネペンテスやサラセニアなど、多数の人工交配種が作出された。ベイチの元で業績を上げた育種家として第一にあげられるのは、ジョン・ドミニーである。ついでウイリアムハート、ドミニーの弟子ジコンセデン等が挙げられよう。
この時代に作出されたネペンテスの一例を挙げてみる。

l N.dominii rafflesiana×hirsuta(?)
l N.hybrida khasianaXgracllls(?)
l N.intermedia hirsuta(?)×rafflesiana
l N.sedenii gracilis(?)×khasiana
l N.mastersiana sanguinea×khasiana
※左側が雌株、右側が雄株。
※文研出版「食虫植物」等から引用。

dominii、intermediaに使われた不明種は、記録や形態から、hirsutaと推測され、hybrida、sedeniiに使われた不明種は、grac1lisと推測されている。以前、日下部氏は、graclllsではなく、trichocarpa(ampullaria×8racllls)ではないかと書かれていたことがあつた。′
これらの交配に使われた株は、すでに絶種してしまつたらしく、記録や現交配種の特徴から推測されている場合も多い。 これらの交配種は古くから日本にも持ち込まれて栽培されているものがある。これらの中にはその正体が怪しいものも多く、近年自生地から直接採集されてきたものや記録にしたがつて交配を再現されたものは、出来もはつきりしている。
この中でいちばん問題になつているのが、N.×Hybridaである。多くの園芸書には、たいがいこのように書かれている。「N.ハイブリダ(ヒブリダ)は我が国(日本)でもつとも普及しており、又教材用に広く利用されています。・・・瓶子体(袋)は緑色で、とョウタンウンボカズラという和名をもらつています」
N.×Hybridaは、1866年頃ドミニーが作出した人正交配種で、これと逆交配が×sedenllとなる。交配種の中には、交配者の名前をとつて命名されたものもあり、こういう付け方は、現在でもある。
日本では、ヒョウタンウツボカズラは、ネペンテスの代名詞的存在で、図鑑などでは必ずこれが紹介されていて、他のネペンテスが載つていることは、まずないほどである。ただのウツボカズラといえば、ラフレシアナを指しているそうだが、ほとんどの人にはなじみがなく、このヒョウタンウツボカズラの方が、ただのウツボカズフというにふさわしいと思う。この植物は、昔からN.×Hybridaと呼ばれて広く栽培されてきた。だがその一方、これはN.alataと同一種であるとの意見も出ていた。それを強く主張していたのが、日下部氏である。
昔からヒョウタンウツボカズラの正体については、研究会の会誌でも論じられていたわけだが、日下部氏などはムキになつて、N.×Hybridaの名前を使うことはいけないとまで書いていたこともあつたほどである。これにはちょつと反発を感じざるを得ないが、数年前から本当にヒョウタンシツボカズラはN.XHybridaなのか、と疑間を持つていた。 というのは、とョウタンウツボカズラの袋の形は、N.alataそのものであり、両親とされるkhasianaやgraclllsの面影が見られないのである。交配種なら必ず両親あるいは片親の特長が現れるはずだが、それが全く見られないのである。

82年頃の食虫植物研究会会誌(102号)に、戦前の園芸業者(日本園芸)のカタログコピーが載つている。この中に、ベントリコーサ×マスターシアナというおかしな交配種が載つている。緑色の細長い袋をつけるという記述から、ヒョウタンウツボカズラのことをいつているらしいが、日下部氏日く、交配種らしいという噂とフィリピン産とのことから、このようにこじつけたのだろう。この先も読んでみよう。ただN.×Hybridaは戦後久保田氏の命名のためここでは用いられていない。幸いN,×Hybridaの名前は今ではほとんど用いられなくなつてきたが、これをN.alataと呼ぶことに抵抗を感じる人もいるほどだ。だが外国では皆N.alataと呼んでおり、・・・はつきり誤名と分かつているN.×Hybridaの名前を使つてはいけない。
海外業者のリストを持つている人は、一度見てほしいが、N.×Hybridaの名前がないのに気がつくはずだ。このようになつてくると、今はN,×Hybridaはなくなつてしまつたのではないか、という気もしてくる。私たちは、本物でない、別物のことをN.×Hybridaと呼んで栽培しているのではないだろうか?
日下部氏の記事で分かるように、ヒョウタン種は、すでに戦前日本に持ち込まれていたということになるが、どのように渡つてきたのか、ということについては、昭和の初めにイギリスから日本へ持ち込まれてきたのだ、という人もいれば、フィリピンの植物調査で日本人の誰かがN.ventricosa(在来系)とともに採集して持ち込んだ、とい う人もいる。おそらく後者が有力だろう。というのは、N.ventricosaの在来種は、海外業者のリストに、EX―JAPANという名前で、載つているからである。聞いたところによると、N.ventricosaはレッドや斑点系は、自生地の確認がされているが、在来種の方は未だにどこに自生しているのか、確認ができていないそうである。日本にだけあるという意味からなのか、EX―JAPANという呼び方をしているのだろう。そして戦後に両種とも増殖され、販売されるようになつた。その中で、ヒョウタン種は、栽培が容易で、繁殖力旺盛のため、一気に普及したのだろう。
N.ventricosaの説明もしてみよう。在来系は、昔から栽培されている黄緑の洋式便器に似た袋をつける。日のところは赤くなり、袋には翼が全くないのが特徴である。レッドや斑点系は、形は在来系とほとんど同じで、やはり翼は全くない。レッドは全体が赤く、赤い斑点が入る。斑点系は、緑色だが、赤い色の斑点が入る。どれも人気がある種類である(特に在来系)。在来系は、かなりの高山性なのか、夏はあまり袋をつけず、冬にかけて袋がつく。かなりの高山性らしいという点も、自生地の再確認を難しくさせているという。 レンドや斑点系の方が、袋の付きはよい。レッドと斑点系は、N.burkelと形態学的にはほとんど差がないので、将来現地で未知の系統が見つかつたときは別物であるという定説がくつがえるかもしれないという人もいる。 原種説(=N.alata)の説明は、このようになる。
N.alataは、フィリピン全土に分布しているが、北のものは赤みが強く、南に行くにつれて緑色になる。以前日本には北のものしかなくあまり似ていないと言われていたが、南のものについては似ていると言われていた。 南のタイプは、以前、N.フィリピネンセの名前で日本に多数持ち込まれたが、これらの中には、とョウタン種に似ているどころか、全く区別のできないものもある。こうして原種説に軍配が上がったわけで、正式にはN.alataとなるのだが、日本ではヒョウタンウツボカズラの和名で十分に通用する。外国の人はN.rafflesiana(語源はラフレス氏という意味)なんかよリヒョウタンウツボカズラの方がネペンテスらしく人気があるそうだ。 余談だが、変な和名(たとえばN.rafflesianaのことをラフレスウツボカズラなどと呼ぶ?)をつけるよリラテン語で読んだ方が威厳があるように感じる。 昔からヒョウタンと呼ばれて栽培されているものは緑色のタイプで純粋なN.alataといわれている。N.alataの中には、赤みが強いタイプがあるが、この中には、N.ventricOsaの混じつているような感じのものがある。袋の形はヒョウタンだが、襟はN.ventricosaという具合で、自然雑種N.ventrataで、N.alata似なのだろう。最近では、緑色の純粋なN.alataよりもこの種類の方がよく園芸店などで売られているのを見かける。もちろん両者の中間型のものや、逆にN、ventricosa似のものもあるだろう。ventricosaがかかっているものは、耐寒性が強いそうだ。こうしてみると、ヒョウタンウツボカズラの正体は、原種説(N.alata)に軍配が上がっているのだが、何故、ヒョウタン種のことをN。×Hybridaと呼ぶようになつたのか、という問題がでてくる。ヒョウタンという呼び方は、袋の形がヒョウタンに似ているということで、園芸業者が使いだしたということらしいが、では、誰がN.×Hybrida等と誤名をつけたのか?その経緯はどういう事情があるのか?もし誰かご存 じなら教えていただきたい。(例えば久保田氏とは誰?)
もう一つの問題は、本来のN.×Hybridaはいつたい、どうなつてしまつたのか?海外業者のリストには、N.×Hybridaの名前がないのである。 これについてもいろいろの意見がある。日の出花壇の写真集の裏に書かれている説明では交配が間違つていた等と書かれているような。だが、ヒョウタン種がフィリピンから持ち込まれてきた可能性が強い以上、ピントはずれな見解であろう。 ヒョレタン種の正体がN.alataの一型(南の緑色のタイプ)であると認識すると、真性種のN.×Hybridaはどうなつたのだろうという思いをますます強くした。
海外業者のリストには×Hybridaの名前がないことからも、作出されたものの、一般化されることはなく、絶種してしまつた。そう考えられる。これは、いろいろ意見を聞いた人も同じことを言われている。 現在の栽培家の間では、過去に作出された交配種の再現を試みる方がいて、実は、N.×Hybridaも再現が行われていた。この写真は、岡山の会員岡村氏から送つていただいたもので、N.khasiana×gracllls=×Hybrida同交配で、上の方につく袋のもののようだ。かつて交配されたN.×Hybridaはこんな姿をしていたのかな?と思う一方、とョウタンウツボカズラ=×Hybridaの間違いの証明にもなる。まだ数は少ないとのことですが、ぜひ増殖されて、一般化されることを望んでいる。そうなれば、×Hybridaと誤称されて栽培されているN.alataのためにも、おそらく絶種したと思われる真性種のN,×Hybridaのためにも、良いことだと思う。
最後に、親切な教示をいただいた岡村氏、引用の都度お断りできなかつた参考文献著者の方に、厚くお礼申し上げる次第である。 ―これを読んでの感想、意見、反論などありましたら、どうぞお送りください。一

※参考文献
文研出版「食虫植物」近藤誠宏・近藤勝彦著
保育社カラーブックス「食虫植物」山川学二郎著
学研家庭の園芸シリーズ「サボテン・多肉」平川博 日下部勇著
食虫植物研究会会誌各号

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