ドロセラワールドへのご案内
Welcome to the "Drosera World"!!

Allen Lowrie
(訳)間淵 通昭

 初心者歴20年を標榜する私のあまり芸のない栽培法でも常につきあってくれていたのがドロセラ達でした。小さい頃から近藤先生の本(*1)を眺めては「きっとアフリカやブラジルにはD. capensisと同じような方法で栽培できる、とても面白い形をした奴らがいるんじゃないか?」と思いを馳せていました。近年の新品種の導入は目覚ましく、ふと気がつけばあの頃の憧れのドロセラ達のほとんどを手元で育てることができています(必ずしも上々の出来ではありませんが)。勿論世界のあちこちからやってきたものなのですから、全てD. capensisと同じような栽培方法でうまく行くわけはなく、それぞれの品種の自生地の特性を踏まえた上でその環境に近づけるべく色々工夫することが要求されます。同時に、自生地からかけ離れた環境をどれだけ許容して育ってくれるか、ご機嫌を伺うということもあります。この辺が、ドロセラ栽培の楽しみの一つで、栽培家各人の腕の見せ所といえるでしょう。初心者からベテランまで、幅広い楽しみ方ができるのがこの分野なのです。コモウセンゴケの様々な地域変種を集めるのが好きな人、ピグミードロセラの美しい花が好きな人、球根種を山草的感覚で育てている人、ペティオラリス類を殖やしては大きく育て上げている人・・・
 ここではドロセラ栽培の楽しみを私の特に興味のある分野を中心に述べてみたいと思います。

1. まずは一般種から・・
入門種に面白い形のものが多いのがドロセラ類の特徴です。入手しやすい、耐寒性、耐暑性もそこそこあり、繁殖させやすい、小苗の時から粘液を出し食虫植物としての魅力を見せる、また、多くのものは1年以内に親株になる、等々栽培しやすさからはほとんど満点である上に、披針(ツルギ)型(D. adelae)、T(X?)字型(D. binata)、バターナイフ型     (D. capensis)、さじ葉型(D. intermedia)、糸葉型(D. filiformis)と個性豊かです。よく考えてみると、上級種(難物)にこれに類似する形のものはあまりありません。
上記だけでも十分にバラエティに富んでいるのに改めて気づかされます。これらはいずれも栽培、繁殖が簡単なためか、皆さんすぐに「卒業」してややもすると駄物扱いしますが、これらを十分に作りこなすと葉長20cmクラスの大きな株になり、大変に見応えがあります。これらにかなうものは大きさだけから言えばD. regiaか一部の球根種、また全く普及してないものではD. madagascariensis, D. cistiflraのある系統位しかないでしょう。一般種を満作の状態に育て上げる楽しみをもっと多くの人に味わってもらいたいものです。
また、これらの変種(例えばD. binataの十数又に分かれるもの、真っ赤になるD. filiformis、D. capensis 60cmTall)を追い求める楽しみはあり、まだまだ奥の深いものです。交配なんかも面白そうですね。

2. D. venusta complex
 入門種の一つにD. dielsianaというものがあります。トウカイコモウセンゴケの葉柄を少し幅広にし、葉身を丸くしたような形(例えるなら計量スプーン)です。これをやや大型にして葉を斜めに立ち上がらせた形の種がD. venustaです。日本では注目度は低いのですが、ドイツでは殆どの植物園で見かけられ、それらはいずれも直径10cm近い見事なものでした。日本でD. venustaの名前で出回っているもの、オーストラリアのAllen Lowrie氏の種子からのものはいずれもそこまで大きくならずに花茎を上げてしまいます。両者は違うものなのでしょうか?
一方で、近年オーストラリア経由で入ってきているD. coccicaulisという大型種はドイツのD. venustaに非常によく似ています。この点ではAllen氏も同意見で、"D. venusta = D. coccicaulis" の可能性を指摘しておられます。
 Allen氏の最新のリストにD. jacobyというものがあります。問い合わせたところによるとこれもD. venustaまがいのもので、氏の手元の株は小苗でまだよくわからないとのことでした。Cambrian Carivorous(英)のリストにあるD. sp. jacobiiと同一種と思われます(*2)。自分で確かめるべくとにかく種子を買って播いてみることにしました。さらにもう一つ。Allen氏の   D. ascendens(産地無記入)も育ててみるとD. venusta的になります。D. ascendensとはブラジル産のD. villosaのシノニム(または変異種?)なのですが、少なくともこの種から育ったものは後で述べるような南米産ドロセラの形状、性質と異なるように見えます。誤種なのでしょうか?最新の氏のリストにはブラジルで採集されたD. ascendens及びその変種が載っていますので、これも播いてみます。 はっきり言って、これらは全て同一種なのかもしれませんし、別種であったとしてもわずかの違いかもしれません。しかし、こういうことでごじゃごじゃ情報を交換するのも、楽しみの一つであるという例だと思っていただければ幸いです。

3. 南米産グループ
 これらはD. villosaに代表されるブラジルを中心とした高山に分布するもので、軟毛に覆われた柔らかい葉をもつそれぞれに魅力的な形をしたグループです。栽培上では暑さと空気の乾燥に弱く生育の遅い、まさに気難しい奴らです。一般的な特徴として、土壌湿度はやや低めに、移植を嫌う、日照は充分に、空中湿度は高く、ただし絶対に蒸れは禁物、夏期は特に昼間は風通しよく晩は温度を下げて高湿度に、といったところでしょうか?一部では「赤くてwildなD. filiformis」    D. graminifolia(*3)、「D. scorpioidesのお化け」D. chrysolepis(*4)が注目されています。両種とも国内での栽培は少数で、私などはこれらの種の栽培をマスターしようと血道を上げていますが、まだまだです。さらには、D. ceedensis,        D. melistocaulisという巨大な種があり、これら謎?の品種がいつか導入されることを夢見ています。

4. D. arcturi
 かつて近藤先生の本(*1)で、ニュージーランド産の大型のドロセラとして本種の栽培にふれられていました。故佐藤秀海氏が大変興味をもたれて入手に奔走されていたのがつい数年前のことです。私も研究会誌中で氏の記事をみて、私同様この種に憧れている人がいることに大いに勇気づけられました。海外から種子を購入して播いてみましたが、氏の書かれていたようにいずれも発芽せず、仮に発芽して喜んだのもつかの間、D. aliciaeだったということもありました。その後一昨年秋にフランスから小苗を購入でき、喜びもひとしおでした。以降、この株をなんとか維持しています。
 一方、昨年末頃からオーストラリアの業者が本種を安価で販売するようになり、今や趣味家の間ではブームになりつつあるようです。まだまだ栽培法がはっきりしていない状況ですから、送られてきたときの大きな株をどれだけ維持できるかは疑問であると思われます。私のわずかな経験が役に立ちますかどうか・・ 生水苔植え、腰水栽培で日光をよく当ててやるという一般的なドロセラの栽培法で春、秋はまずまずできる。戸外の水盤でもOK。空中湿度は高い方がよいように思う。夏の暑さがネック!そんなことも知らず、去年は春の時と同じように戸外で日照を当てていたら1株が調子を崩して枯死。それでも生水苔に埋まるようにしていた株は何とか夏越しできた。高山性ということから考えて、ダーリングトニア、日本産ムシトリスミレなどに準じて環境を整えてやるのがよいだろう。D. anglicaのように日照を十分に当てて強健に育てていれば暑さはさほど心配ないというわけにはいかないようだ。真夏は日除けも仕方ない。一方、耐寒性はかなりある。「食虫植物」(*1)には加温が必要とあるが、自生地には雪も降るような所であるから間違い。今回戸外(京都市)での越冬を試みたが、冬芽のような状態で、数回の凍結にも耐え、4月になって粘液を出した葉を展開させはじめた。昨年室内で越冬させたときも1株がこれと同じ休眠状態になっていたが、この状態を以前は「冬に寒がる=生育が止まる」と解釈していたのだろう。 維持自体はそれほど難しいとは(私には)思えませんが、「難物」の部類に入ることは確実でして、入手された方は心して栽培していただきたいものです。大きく育てること(粘液のよくついた葉を出すことも結構難しい)、そして確実な増殖法(種子または根?)を見つけることが今後の課題でして、佐藤さんの遺志を継ぐためにも是非とも維持、普及がされることを望んでいます。特に、冷房温室を持っている方、ダーリングトニアや寒地性ムシトリスミレの栽培の上手な方に是非栽培結果を報告してもらいたいものです。 また、D. arcturiの葉身をややさじ型にしたような近縁種、D. stenopetalaも面白い品種です。残念ながらイギリスの業者からの種子はコモウセンゴケみたいな形になる偽物に育ち(NHK出版の「世界の植物ハンドブック」(題名不正確)の写真も偽物)、真正種は未導入と思われます。何かご存じの方が居られればどうぞご教示下さい。

5. D. cistiflora類
 南アフリカ産で、地下に太い根を伸ばし、乾期には休眠するグループです。オーストラリアの球根ドロセラに対し「芋ドロセラ」とでも呼びましょうか?具体的にはD. cistiflora, D. pauciflora, D. alba, D. trinervia, 等です(*5)。日本では春から夏まで休眠し、秋に再生し冬から早春にかけて開花というサイクルになりますが、種類、環境によって多少のズレがあります。 これらの特徴は花が大きくて大変美しいことです。
D. cistifloraの英名はCactus sundewという通り、サボテンの花に負けない鮮やかさです。当方でも今年D. paucifloraの桃花が咲きましたが、直径数cm程でその美しさには息をのむほどでした(*6)。D. alba(2系統ある)もその名の通り白いのですが、雌しべはややピンクががり、黄色い葯とともに花弁と良いコントラストです。D. zeyheri(D. cistifloraの茎立ちせず花茎のみ立ち上がるタイプ)の赤花は正に濁りのない真っ赤な色で食虫植物にこんな花があるのかと大変びっくりでした。ただ、最大の欠点はこの美しい花が半日から1日しかもたないことで、何とも勿体ないことです。
 花色に限らず変異に富んでいることがもう一つの特徴で、D. cistifloraの花は桃、白、赤、紫、黄とある上八重咲きもあり、葉の形も長葉(5cm程になる)、丸葉(D. hamiltoniiの葉みたい)とこれだけでも大変面白そうです。実は私自身     D. cistifloraの中の区別どころか本種とD. pauciflora, D. trinerviaとのはっきりした区別さえ自信がありません。ことほど多様に複雑で魅力的なグループなのです。いずれも根伏せ、葉ざしは可能ながら種子繁殖がなかなか困難なこともあって普及はまだまだですが、今後広まって欲しいものです。

6. D. madgascariensis類
 これの火付け役は間違いなく昨年南アフリカ探検を企てた宮本氏です。D. madgascariensis自体は丸葉で茎の立ち上がる特異な形態をした種としてよく知られていたもののここまで注目を集める存在ではありませんでした。それが、氏の採集してきた仮称D. zambiensis, gigazambiaという巨大な種、さらに真正のD. affinisが研究会の新年会等で脚光を浴び、これらの仲間が一躍ホットな分野となってきたわけです。
 以前の本情報誌で赤塚氏が指摘されたように、これまでD. affinisのラベルが付けられていたコモウセンゴケ類似のものは「世界的な」誤品で、真正種はD. sp. Magaliesburgの葉を少し丸めにし茎立ちさせたような形状をしています(*6)。
  D. affinisもD. madagascariensisの近縁種で、この両種は混生していることが多く、そのせいか標本のなかにも両種がごっちゃになっている場合もあります。Milne-RedheadとTaylorはSongeaの自生地に混生する両種について調べ次のように比較しています。(*7)

区分D. affnis D. madagascariensis
自生地 より湿った所に生える 湿った所に生える
葉柄と葉身 より長い より短い
葉身 より新鮮な緑色 くすんだ赤(pale red)
葉柄 より赤みが少ない 光沢のある赤
腺毛 短く少ない 多め
結実するとやや立ち上がる 結実すると広がる
古い下葉 反り返らない 反り返る
花弁 藤色(mauve,*8) ピンクがかった藤色

こう書いてあっても、実際は両種とも地域変異が大きくてあくまで目安に過ぎないと思います(*9)。
 さて、新種?の中でも巨大なgigazambiaはD. flexicaulisではないかと噂されているのですが、ではそのD. flexicaulisとはいったい何物なのでしょう?日本の恐らく唯一の文献(*1)を頼りにすれば、「茎は10-25 cmに伸び左右に湾曲する、葉柄は1-2 cm、葉身は長さ5-8 cm(mmの間違いか)幅1.5-2.5 mmのさじ型、8-15 cmの花茎を1-2本上げる、萼は長さ4-5 mm幅1.2-2 mmの長卵円形で腺毛が多数生える、花弁は5-8 mm幅3-4 mmの倒卵円形で紫色」とあります。確かにD.madagascariensisより大型の植物のようで、大きさの点で相当するものはこれしかなさそうです。
一方、私が調べたところ(*7)ではD. affinisの葉(葉身+葉柄)の長さが短く、茎が湾曲(flex)するタイプをOliverが独立種として発表したのだそうです。後に彼が本種とD. affinisとの中間型が発見し、そのうちに両種をはっきり区別することができなくなり、ついには   D. affinisに統合されてしまったということでした(*10)。
 では、今回の新種は?とりあえずはD. madagascariensisの仲間であることは間違いないでしょう。地域変種かもしれませんし、今後性質、形態が見極められ、それが明らかに新しいものであると認められるなら(その可能性が高い)、新種として認められてしかるべきです。何しろD. madagascariensisが発表された頃は十分に調査が行き届いていたとはいえませんから。とにかく今回の宮本氏の調査は園芸上だけでなく、学術的に見ても大変貴重なものといえるでしょう。

おわりに
 昨今のドロセラ界は新品種導入等でホットですが、国内流通品の中には誤品が多く手近にあるものの中にもまだまだ正体不明のものがあります。いずれは、「閻魔帳」のようなものを作って混乱した状況を整理したいものです。
 いかがでしたか?初心者からマニアまで各人各様の楽しみ方を見つけられるということがおわかりいただけましたでしょうか?すっかりDeepな世界に入り込んでしまったみたいですね?
"You are already TRAPPED by droseras!!!"

References and Notes
1. 近藤誠宏、近藤勝彦,「食虫植物、入手から栽培まで」,文研出版, 1972.
2. インターネットをやっている方はhttp://www.flytrap.demon.co.uk/cchom.htm でCambrian Carnivorousのホームページを見られます(英文)。
3. F. Rivandavia, CPN, 25, 51 (1996).
4. A. Ter-Hovanessian, I. Snyder, CPN, 26, 115 (1997).
5. D. trinervia, D. cuneifoliaについて、これまで多く日本に出回っていたD. aliciaeの子供みたいなもの(「花アルバム食虫植物」,食虫植物研究会編, 誠文堂新光社, 1996カラー写真(D. cuneifolia)を参照のこと)はこれはこれで可愛いのですが、恐らく偽物で少なくとも基本種ではありません。なお、本物のD. cuneifoliaに関してはドイツの栽培家のホームページ
http://home.t-online.de/home/johannes.marabini@t-online.de/drosera.htm に見事な写真があります。
6. 森本泰弘氏のホームページ「食虫植物のお部屋」http://member.nifty.ne.jp/MORIMOTO/gal/drosera/ には数々の美しい栽培品の写真があります。
7. J. R. Laundon, Doceracea in "Flora of Tropical East Africa",London, 1959.
8. 1によれば(多分発表文献を転載したものと思われる)D. affinisの花色はスミレ色のような紫としています。一方、宮本氏の見てきた限りではピンク色だったそうです。この辺は見たものの地域差に加えて、表現の違いなのでしょうか?
9. D. madagascariensisも地域変異が多いようです。文献7によると、Bas-Congo (Belgian Congo), Mt. Mlanje (Nyasaland), Transvaal, Natalで採集された標本には、茎が短く、葉が反り返ったものが多いそうです。そのため、これらはロゼット型のもの(D. burkeana, D. natalensis)と間違えられたり、新種として発表されたり(D. congolana)することがあります。本種はAllen氏のリストの"short stem"というタイプと同一かもしれません。また、極端に葉の長いものは"var. major" として区別されます。 ちなみに、現在日本で栽培されているD. madagascariensisの多く(やや丸葉)は南アフリカ産ではないかと思われます。
 最近人気の品種にD. sp. "Botswana"というのがあります。Allen氏のリストには「茎立ちするD. glabripes」という紹介がされていますが、これは間違いで本種もD. madagascariensisの近縁種のようです。やや小型、葉柄のある丸葉で茎立ちするものです。本種は水苔植えで多湿気味にという基本的な栽培でよく育ち、葉ざしでも良く殖え、D. madagascariensisより栽培しやすいように思われます。
10. 種の同定には、種子の形状を詳細に観察するのが有効とされています。Dielsは彼の著書の中でD. flexicaulisの種子が紡錘型(両端のとがったいわゆるラグビーボールのような形)であるのに対して、D. affinisの種子は卵型であると述べていますが(つまり両種は別種として扱われるに足る)、基準標本を調べてみたら両種とも紡錘型だった、という話もあります。ちなみに、宮本氏採集のD. affinis(ナミビア産)は卵型だったように記憶しています・・・?

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