私がDroseraに想う事

稲穂 徳人

私は、メキシカンピンギキュラ大好き人間を自称し、あちこちで書いたり言ったりしてきた。しかし、メキシカンピンギは勿論大好きだが、決してそればっかりではない。サラセニアも沢山栽培しているし、栽培はしていないがネペンテスやウトリキュラリアも大好きである。それから、多肉植物や山野草、観葉植物といった他分野も守備範囲で、旅先で出会った変わった姿の樹木の写真を撮るのも私の趣味の一つだ。もともと、凝り出すとはまりやすい体質で、片っ端から手を出してみないと気が済まない性格なので出来るだけブレーキを掛けているに過ぎない。それでも、知人達に言わせれば「何処が?」と言われてしまうのだが。
そんな、火傷をするまで懲りない私が最近はまっているのが、ドロセラである。それも今年の始めに話題になった球根種やペティオラリスではなく、極々普通のドロセラだ。例えば、binataやcapensis,filiformis,adelae,それからいわゆるコモウセンゴケタイプのロゼットになるものや、交配種などだ。今更、なんでこんなものにいきなりはまってしまったのか?理由を付ければ色々あろうが、聞くだけ野暮というものであろう。むしろ、ピンギやサラセニアに熱を上げた煽りというか、不意に昔仲の良かった友達と再会して付き合いだしたという感覚に近いだろうか。まだ、高校生だった頃に花屋の店先で出会った不可思議な形の植物。水苔に植えられ、幾つも葉を枝分かれさせた妙な姿の植物がbinata multifidaと言う名前である事を知るまでに、多くの時間は必要なかった。やがて日本の食虫植物研究会に入会し、一正園の存在を知り、植物は瞬く間に増えていった。しかし、興味が色々と移りゆく中で、私はその旧き友人の存在を半ば忘れかけていた。そして、久しぶりの再会。栽培家仲間から苗を譲ってもらい、私の手元には再びあのきらきらと輝く真珠のような粘液のプローチをぶら下げた仲間が増えていった。
コモウセンゴケを一株、出来ればよく育ったものを用意して欲しい。それを、時間の許す限りじ一っと眺めてみよう。何となく、吸い込まれそうな気分にならないだろうか?これは、私のとあるドロセラ仲間が言っていたのだが、何とも不思議な感覚である。そんな事をして遊んでいたら、たちまちコモウセンゴケがうちに増えてしまった。掛川産、沖縄産の白花タイプ、奄美大島産、オーストラリアのフレーザー島産、ニュージーランド産、そしてmontanaで出回つている白い花の個体や、多分同じmontanaの名前で出回つているもので、真っ赤っ赤なもの・・・・・染色体数が違ったり、花の色や植物体の形、色の付き方が違うだけで、関心がない人に言わせれば何が面白いのか分からないかもしれない。実際、混じったらわけが分からなくなるし、種が零れて無尽蔵に殖えて困るという賛沢な事を言ってこのグループを敬遠する人も少なくない。中には、わざとまぜこぜに植えてその違いを楽しんでいる人もいるが、少なくとも「どれも同じようだから」というのは、食虫植物を楽しむ人の言葉にしてはナンセンスの窮みだろう。同じようでありながら、微妙に違うその繊細な自然の造形美を満喫する事にこの植物を楽しむエッセンスが含まれているのだから。ドロセラは、単純な好奇心をこそ満足させてくれる植物だと私は思う。ネペンテスやサラセニアはもっと奥の深い渋い趣味、ピンギキュラやウトリキュラリアはその花の美しさを堪能する独特の世界だが、ドロセラはこれらとはまた違った趣を持っている。
食虫植物の世界に足を踏み入れるきっかけといえば、殆どの人が花屋や野山で見付けたこの仲間なのではないだろうか?始めに、『あれ、これはなんだろう?』という好奇心があって、やがて彼等の不思議な姿と虫を捕えるという特異な生態に魅了され、何時しか様々な食虫植物に囲まれている生活。ドロセラが好きでたまらない人は、かつての好奇心いっぱいの少年少女の心をそのままに持っている人だと信じて疑わない。この情報誌の主宰である田辺氏然り、コモウセンゴケを見ていると吸い込まれそうな気分になる、と教えてくれた某氏然り、はたまた新しい交配種や巨人ドロセラを作る事を夢見ている某氏然り、みんな心優しき少年の心をそのまま抱いて大人になったような人達ばかりだ。そんな素晴らしき人々が、顔を合わせ、または電話で話す度に私の好奇心のドアを叩く。
「ねぇ、こんなドロセラがあるんだけど、知ってる?」
周りがこんな人達ばかりなので、私の毎日は何時も楽しい。そして、仕事で疲れて帰ってきても、元気な仲間が私を迎えてくれる。一つ一つの鉢を手に取って、時間の過ぎるのも忘れて眺める。ドロセラの「太陽の露」という英名そのままのきらきらした粘液は、一日の疲れをやんわりと癒してくれる心の活力剤だ。私は、彼等に水をあげる。そして、私も彼等も元気になるのだ。

inserted by FC2 system